[ father ]


ある日突然いなくなり、数ヶ月間姿が見えなくなる。そのような「蒸発」を繰り返し続けることで、私の父は何もない人間になった。何もない人間になること。それはおそらく父自身が望んだことだ。何もない人間になれば、自分のことについても、自分のことを考えてくれる他人についても、考える必要がなくなるのだから。
ある作家が次のようなことを書いていた。
「もし他人のことをほんのわずかでも知ることができるとしたら、それはその他人が自分を知られることを拒まない限りにおいてだ。もし寒いときに、『寒い』と言うことも震えることもしない人間がいたとしたら、私たちはその人間を外から観察するしかない。ただし、その観察から何か意味が見出せるかどうかはまた別の問題だが」
私の父は寒いときに震えることはすると思う。だが、「なぜ震えているのか」と尋ねられても、父は「わからない」と答えるだろう。本当にわからないのか、それともただ考えたくないのか、それは他人からはわからない。おそらく、本人もわかっていない。


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